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2017年5月19日 (金)

ダメ出し?いえ!ノート!

若い時は、稽古のあとのダメ出しが怖かった。

いや、若くなくなってからも、やっぱり怖かった。

『あぁ・・・ダメだ・・・今日も浅利さんに怒られる

 

ちなみに、昨今は日本でも

《ダメ出し》と言わず《ノート》という人が多い。

いつだったか 小川絵梨子さんが言った・・・

「ダメ出しと言うのはおかしいでしょ?

沢山ある良い所もちゃんと伝えたいんだから

へぇ・・・だから《ダメ》とは言わず《ノート》なのか

 

昔から 私はホントに人一倍言われ続ける人だった。

その上、その演出家のダメ出しが日々変わる事に

混乱し、ついて行けず、文句を垂れた。

(勿論心の中でだけど)

「だって 昨日はこう言ったじゃん!

なんでコロコロ変わるのさ!昨日と真反対じゃん

 

この数年で やっと解った。

稽古が進み、本が役者の肉体を通し立体化される時

客観的に見ている演出家の頭の中には

新しい発見があり、展望が生まれる。

作品そのものもだが、役者の個性をより生かす術や

役者の組合わせで変る空気や、新しい発想。

誰かに出されたノートは誰かに影響を与え変化する。

そんな様々な事への理解が演ってる側には解らない、

そういう見事な演出家の客観性。

役者にはそういう客観性って備わってない気がする。

 

今回のマグノリアも、初演のそれとは全く違う視点で

演出家から山のようなノートが出ている。

非常にデリケートに構築され、

人間関係や その人の抱えている孤独や痛みが

鮮明に浮かび上がるようなノートが出る。

今の私は、このノートを貰うのが楽しみで仕方ない。

ひとつのノートから生まれるものは

役作りや人との関係性を、再度検証する力となる。

何もノートがない日には『ん?期待されてない?』と

逆に不安になり「ホントにこれで良いのですか?」と

忙しい演出家の隙を狙って話に行く。

 

《言われないこと》に安心する毎日より

《言われて伸びる》 それで作品に貢献できるのなら

役者にとって こんな喜ばしい事はない。

若い共演者が「あぁ。。。また言われちゃった」と

稽古場の隅で 涙目で嘆くとき

「バカだねぇ~何も言われなくなったらお終いよぉ

「稽古したくなったら一緒に自主稽古付き合うから

かつて 諸先輩多方に言ってもらってた時の様に

今度は少し大人になった私が 彼女らを励ましつつ

昔の《怖がりマイナス思考》の自分を想いだしては、

役者の道って 長いんだなぁ。。。

私も まだまだ頑張らなきゃ!だぞッ!

と しみじみ思うこの頃なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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コメント

おはようございます
ダメ出しとノートのこと、「マリアの首」のパンフに書いてありました 立ち読みでも(あそこでは読みづらいかな?)

投稿: まほちち | 2017年5月19日 (金) 10時49分

マグノリアの千秋楽の翌日が、マリアの首の千秋楽。唯一拝見出来るのがこの日しかないもので、予定が入らないうちにチケットは確保しました。難しい本だな…と思いましたが、さて海外作品の多い絵梨子さんがどう料理するのか、楽しみにしています。

投稿: MI | 2017年5月19日 (金) 10時57分

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